ネタ探しに右往左往
愛知万博を契機に、街が大きく変化しています。そうした街の変化などを話題に、今の豊田市の姿を書いていきます。万博ネタも、検証的に継続していこうと思います。
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2005年 12月 17日
久しぶりに京都に行ったのは、お墓参りがしたかったため。小さい頃かわいがってくれた祖父母、叔父さんに会い、そして静かな対話の時間をもつことができました。
そのあと、歩いて清水寺へ。久しぶりですね。そこでベタな記念写真をとってきました。紅葉は見頃過ぎですが、この微妙な頃合いが、かえって今の気持ちにはぴったりな雰囲気でした。 東山の街並を平安神宮まで北上しましたが、ちょっと観光客の多い京都を楽しむ気分にもなれず、次へ移動です。 #
by powm
| 2005-12-17 17:17
| +出張取材
2005年 12月 17日
大阪の天満の街を初めて散策しました。人であふれるアーケードは、街のパワーが漲ってました。そして全国でも増えているといわれる、いわゆる「シャッター通り」とは無縁のように思いました。平日のお昼にこれだけの人とは恐れいりました。
アーケードの裏通りにも商店街が幾重にもあり、その元気度が素晴らしい。他の寂れつつあるアーケードとはどのような違いがあり、活気の明暗を分けることになったのか気になります。これも今後の研究課題ですね。 とにかくこの辺の街はみっちり建て込んでいて、車での移動には適さない構造のようでした。ここで暮らす人にとっては「車で、ちょっと買い物」なんて、常識の範囲外なんだと思います。 そんな商店街で、お昼にいただいた「天ぷらうどん定食」は、関西風のつゆとツルツルシコシコ麺が美味しかった。 #
by powm
| 2005-12-17 16:42
| +出張取材
2005年 12月 17日
関西に行く機会があったので、梅田スカイビルを見に行きました。出来た当初から「変なビルだなぁ」と感じていて、行く機会があれば逃さず見ようと思ってました。
屋上の展望台へは、外に突き出た展望エレベーター、上空につりさげられたようなエスカレーターを使って上っていきます。恐い程の展望性。自分がどこに居るのかを思うと「高さ」による恐怖を感じずにはいられませんでした。 2つのビルにまたがって載せられたような「空中庭園」は、174mの高さにあり、屋外に出られるのはビックリ。風がなかったので、快適な屋外散歩を楽しみました。大阪の街の大きな構造を上空から見れたのは、想定内の収穫でした。 建築家原広司さんの描く夢を、実現させた様なビル群。建築家個人の考える夢を、その巨大さと共に形にしてしまったことに驚かされます。しかし、この先生「大いなる謎」って感じです。 #
by powm
| 2005-12-17 09:32
| +出張取材
2005年 12月 16日
11月末に瀬戸の街中を歩いていると、道路脇のスペースに素敵な花壇がありました。そこでは地元の方々が、年末年始に向けて、花々の植え付けをしていました。
その花壇には「瀬戸まるっとミュージアム」と書かれたボードがあり「この花壇は祖母懐連自治区が管理しています」と書かれていました。ちょうど作業を終えたところを写真を撮っていると、リーダーの方が話しかけてくれました。 なんでも万博を機に、街中を花壇で飾る政策がとられ、自主的に花壇の管理を引き受ける市民が出て来ているとのとこ。実際にこの花壇をデザインし、花の苗を育てるところから行っているのは、すごいことだと感じました。 街中を美術館と見立てた合い言葉「瀬戸まるっとミュージアム」。作品となるのは、こういった多くの人を幸せな気持ちにさせる市民の活動。こうした活動の積み重ねが、街としての厚みをつくりだすと同時に、こうした人と人のつながりこそ、豊かな社会をつくる礎だと思います。 #
by powm
| 2005-12-16 23:54
| +出張取材
2005年 12月 15日
なんと11日ぶりの投稿になります。すごく空いてしまった・・・。でも12月からは忙しい毎日の中、ちょっとした責任も増えてワタワタいていた感じなので、シカタナイカ。
現在の瀬戸市の印象は、やっぱり「迷走」って感じではないかな?と思います。何よりも『万博』の迷走的な動きに、直接影響を受けていたのは否めません。当初、海上の森を開発して行う予定で始まった万博計画が、『環境』という面から新しい姿を模索しよとする過程で、海上の森(瀬戸市)から青少年公園(長久手町)へ会場建設が移りました。 主役の地元自治体であったはずの瀬戸市としては、大きく当てが外れて、まちづくり計画にも大きな影響があったと思います。うがった見方をすれば『万博瀬戸会場』は「規模が縮小しても瀬戸で開催を」といった地元の意地のようなものを感じました。なんだかそれ以外に、意味を見いだせないからです。この場所での最大の意義『里の自然学校』も、内容として盛り上がりにかけました。もっと森の奥に入り込まないと、みるべきものは少ないと感じました。 でもそんな逆風の中、瀬戸市は積極的に万博に参加していたと感じます。万博会場へのシャトルバスを運行し、市内でも万博に関連したイベントが多数行われていました。 ええっ?万博の話になってしまったが、本当はこれからの話が書きたかったのに(つづく予定) 写真は瀬戸蔵の吹抜け。未来の明るさが見えるか? #
by powm
| 2005-12-15 23:06
| +出張取材
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